東京地方裁判所 昭和43年(ワ)1688号 判決 1969年1月27日
原告
遠藤松吉
被告
関東企業株式会社
ほか一名
主文
被告らは各自原告に対し金二二万円およびこれに対する昭和四三年二月二九日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告らの、各負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。
事実
第一請求の趣旨
一、被告らは各自原告に対し五九万五二六八円およびこれに対する昭和四三年二月二九日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
二、訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決および仮執行の宣言を求める。
第二請求の趣旨に対する答弁
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第三請求の原因
一、(事故の発生)
原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。
なお、この際原告はその所有に属する被害車を損壊された。
(一) 発生時 昭和四二年一二月一五日午前零時五五分頃
(二) 発生地 東京都江戸川区平井三丁目一二〇〇番地先交差点(以下本件交差点という。)
(三) 加害車 小型貨物自動車(横浜四ら二三七二号、以下甲車という。)
運転者 被告梅木忠治(以下被告梅木という。)
(四) 被害車 自転車(以下乙車という。)
運転者 原告
(五) 態様
本件交差点内において、時速約四五粁の速度で進来した甲車と交差点の中央あたりまで進行していた乙車とが衝突した。
(六) 被害者原告の傷害の部位程度は、次のとおりである。
原告は右事故により頭部を強打して脳震盪症の傷害を受け、更に頭部右前額、口唇部に挫創、右眼周囲に挫傷を受けた。
二、(責任原因)
被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。
(一) 被告関東企業株式会社(以下被告会社という。)は、甲車を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。
(二) 被告会社は、被告梅木を使用し、同人が同被告の業務を執行中、後記のような過失によつて本件事故を発生させたものであるから、民法七一五条一項による責任。
(三) 被告梅木は、事故発生につき、次のような過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条の責任。
自動車運転者たる者は、交通整理の行われていない交差点に進入する際は、交通状況に注意し、徐行するなどしてその安全を確認したうえで通過すべき注意義務があるのに、被告梅木はこれを怠り前方を通過する原告に気が付かないで漫然と前記速度のまま本件交差点に進入したのである。
三、(損害)
(一) 入院治療費 四万一七〇〇円
(二) 休業損害
原告は、右治療に伴い、次のような休業を余儀なくされ一一万五八一八円の損害を蒙つた。
(休業期間)
昭和四二年一二月一五日から同月二五日までの一一日間の原告の入院期間中
(事故時の日収)
一万〇四三八円
(三) 訴外江口に支払つた賃金、交通費 三万六〇〇〇円
原告は退院後も身体の調子が悪く働くことができず、昭和四二年一二月二六日から翌年一月一五日まで訴外江口を雇い入れて営業し、同人に対しその間の賃金として三万三〇〇〇円、交通費として三〇〇〇円を支払つた。
(四) 慰謝料
原告の本件傷害による精神的損害を慰謝すべき額は、前記の諸事情および次のような諸事情に鑑み四〇万円が相当である。
原告は頭書の苦痛は言うに及ばず、退院も生活上やむなく行つたもので現在も寒冷時には側頭部の痛みがひどく仕事に差し支える状態である。
(五) 物損
乙車修理代 一七五〇円
四、(結論)
よつて、被告らに対し、原告は以上合計五九万五二六八円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四三年二月二九日以後支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第四被告らの事業主張
一、(請求原因に対する認否)
(一) 第一項中(一)ないし(四)は認める。(五)は否認する。(六)は知らない。
(二) 第二項中、被告会社が甲車を所有していたこと、被告会社が被告梅木の使用者であり、被告梅木が被告会社の業務を執行中であつたことは認め、被告梅木の過失の点は否認し、その余は争う。
二、(事故態様に関する主張)
被告梅木は前方に見透しの悪い本件交差点があつたので、時速約二〇粁の低速で進行し、本件交差点にさしかかつたところ、左方から左手に岡持ちを持ち、右手片手ハンドルの原告運転の乙車が突然飛び出してきて、甲車の左フェンダーにぶつかつてきたのである。
三、(抗弁)
(一) 免責
右のとおりであつて、被告梅木には運転上の過失はなく、事故発生はひとえに被害者原告の過失によるものである。また、被告会社には運行供用者としての過失はなかつたし、加害車には構造の缺陥も機能の障害もなかつたのであるから、被告会社は自賠法三条但書により免責される。
(二) 過失相殺
かりに然らずとするも事故発生については被害者たる原告の過失も寄与しているのであるから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。
第五抗弁事実に対する原告の認否
否認する。
第六証拠関係〔略〕
理由
一、事故の発生
原告主張の日時、場所において被告梅木運転の甲車と原告運転の乙車とが衝突したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、原告は脳震盪症、顔面・胸部挫創等の傷害を負つたことが認められる。
右事実および〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。
本件事故現場は、蔵前橋通りから平井駅方面に走る幅員七・二米の道路と幅員やはり七・二米のすずらん通りとが交わる本件交差点内であり、本件交差点は左右の見透しが悪く(当時交差点の両側には民家が密集していたが、現在は区画整理により空地となつている。)、信号機も一時停止の標識も設置されていない。蔵前橋通り方面から平井駅方面に走る道路は、蔵前橋方面から本件交差点に至るまでの区間が一方通行となつており、すずらん通りは本件交差点以南が一方通行となつている。
原告は岡持ちを右手に持ち、左手で乙車のハンドル操作をしながらすずらん通りを荒川土手方面から南進し、一時停止することなく本件交差点に進入した。
一方被告梅木は甲車を運転して蔵前橋通り方面から平井駅方面に走る道路中央附近を東進し、三―四米交差点に進入した時、左方から前示状態で進入してきた乙車を発見し、あわてて右にハンドルを切ると同時にブレーキを踏んだが既に間に合わず、甲車の左前部のフェンダー部分と、乙車の前輪とが衝突し、原告は乙車もろともその場に転倒し、甲車は衝突地点から三―四米進行した地点に停車した(原告本人の供述中、乙車が停車していたところへ甲車が衝突してきた旨の部分は、前掲各証拠に照らし措信しない)。
一、被告らの責任
(一) 被告会社
1 運行供用者責任
被告会社が甲車を所有していたことは当事者間に争いがないので、被告会社は免責の抗弁が認められない限り、自賠法三条の責任がある。
そこで被告梅木の過失の有無について案ずるに、甲車の衝突後の停車位置から考えて、甲車の速度は時速二〇―三〇粁の低速であつたと推認できるけれども、本件交差点は交通整理の行われていない交差点で左右の見透しのきかないもの(道交法四二条)であり、甲車は本件交差点への進入に際し徐行すべきだつたのであつて、被告梅木がこれを怠つた結果本件事故を惹起したものであるから、同人には徐行義務違反の過失がある。
従つて被告会社の免責の抗弁はその余の判断に及ぶまでもなく、被告会社は原告の蒙つた後記人的損害を賠償する責任がある。
2 使用者責任
被告会社の被用者である被告梅木が、当時甲車を運転して会社の業務に従事中であつたことは当事者間に争いがなく、被告梅木には前示のとおり本件事故発生について過失があるので、被告会社は民法七一五条一項により原告の蒙つた後記物的損害を賠償する責任がある。
(二) 被告梅木
被告梅木は直接の不法行為者として民法七〇九条により原告の蒙つた後記損害を賠償する責任がある。
三、過失割合
前第一節において認定した諸事実によれば、甲・乙車は共に本件交差点に入るに際し要求される注意義務と徐行義務を怠つていたことは明らかであるが、甲車が小型貨物自動車であつたのに対し乙車は自転車であつたことを考えれば、甲車の運転者は、乙車の運転者よりも加重された度合で交通法規上の注意義務を遵守すべきであつたし、又乙車は甲車の左方から交差点に入る車であつたのであるから、甲車は乙車の進行を妨げてはならなかつたのであり、以上のような諸事情を考慮すると、その過失割合は甲車六に対し乙車四とみるのが相当である。前出甲第六号証には被害者の過失五〇%が認定されているが、これは右判断の支障となるものではない。
四、損害
(一)入院治療費
〔証拠略〕によれば、原告は入院治療費として合計四万一七〇〇円の出捐をし、同額の損害を蒙つたことが認められる。
(二) 休業損害
〔証拠略〕によれば、原告は東京都江戸川区平井三丁目八一七番地において、店員訴外田辺陽子を使用し、妻の協力を得て中華蕎麦店を経営していること、昭和四二年一一月五日から同年一二月一四日までの三八日間(一一月一七日、二七日の両日については前出甲第四号証に記載がない。)に五八万三九二二円の売上げを得、右売上げを得るためにその間肉等の材料費として五万一九二二円を支出したこと、また同年一二月には、ガス・電気・水道代として二万〇一〇九円、訴外田辺陽子に対する給料として一万六〇〇〇円、家賃として五万円の合計八万六一〇九円の諸経費を支出したこと、原告は本件事故のため事故発生日の昭和四二年一二月一五日から同月二五日までの一一日間、田中病院に入院して治療を受け、その間休業を余儀なくされたこと等が認められる。
前記売上げ額から材料費を控除した額を三八で除して一日当りの収益を求めると一万四六二三円となり、右金額からガス代等の前記諸経費の一日分二八七〇円を更に控除すると原告が得ていた一日当りの純益は一万一三九三円となる。従つて休業期間中に原告が蒙つた損害は一二万五三二三円となる。
(三) 訴外江口に支払つた賃金、交通費
〔証拠略〕によれば、原告は退院後も十分働くことができず、いとこの江口に来てもらい、昭和四二年一二月二六日から翌年一月一五日まで働いてもらい、同人に対する謝金として三万円を支払つたほか、交通費として三〇〇〇円を支払い、同額の損害を蒙つたことが認められるが、右額を超える部分についてはこれを認めるに足る証拠がない。
(四) 物損
〔証拠略〕によれば、原告は乙車修理代として一七五〇円の出捐をし、同額の損害を蒙つたことが認められる。
(五) 過失相殺
以上(一)ないし(四)の損害の合計額は二〇万一七七三円となるところ、原告の前示過失を賠償額算定にあたり斟酌すると、原告の損害として被告に対し請求しうる額は一二万円と見るのが相当である。
(六) 慰謝料
〔証拠略〕によれば、原告は退院後も昭和四二年二月初め頃までの間に約一〇回位通院して治療を受けたこと、現在も陽気の変わり目や、寒冷時には頭痛がして頭がおかしくなり仕事が出来なくなつてしまうが、そのような状態は三―四日続くこと、原告がそのような状態にあるときは、営業の方は原告の妻と訴外田辺陽子が作れるラーメンやギョウザを売る程度のことしか出来ないこと等が認められる。右のような事情のほか原告の入院日数、前示過失等諸般の事情を考慮すると、慰謝料は一〇万円と見るのが相当である。
三、結論
以上により被告らに対する原告の本訴請求は、以上合計二二万円およびこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四三年二月二九日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言については同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 倉田卓次 荒井真治 原田和徳)